土木の神様、加藤清正公

このコースは車での移動になります。基本的にはお客様が車の用意をしていただきまして、ガイドが同乗するかたちになります。

清正公の土木遺構を訪ねて

清正の治水事業土木の神様と崇められている、加藤清正公の土木遺構を巡るコースです。熊本地域に残る優れた土木遺構をご案内いたします。

清正公は熊本の全域で土木工事や治水事業に心血を注ぎました。先人の頑張りで肥後は清正時代に54万石から75万石に大幅に石高が増えました(※慶長13年の総検地による)。


熊本市の「江津塘」

江津塘江津湖は、緑川水系の加勢川によって形成された河川膨張湖ですが、これは加藤清正公が加勢川に江津塘を築いたことにより形成されたものです。江津塘が築かれるまでは、加勢川の右岸が河川の氾濫による洪水の被害に多くあっていたそうです。

江津塘が築かれたことにより、河川がせき止められることで幅が広がり、いまの江津湖を形作ったと言われています。


菊陽町の「鼻ぐり井手」

鼻ぐり井手鼻ぐり井手とは、加藤清正が造らせた、火山灰をふくむ土砂が堆積しない特別な工夫をこらした用水路のことです。川底にある仕切岩盤に水流穴が空けてあり、その作用によって水流渦巻が発生し、土砂が巻き上げられ堆積させない作りになっています。築造後400年経過したいまでも、井手底の清掃を行う必要がないそうです。

穴を穿って水流を結ぶやり方が牛の鼻を通す鼻ぐりを連想させることから、このように呼ばれています。平成15年に鼻ぐり井手公園が整備されたことにより、鼻ぐり井手の全容を誰でも見ることができるようになりました。


甲佐町の「鵜の瀬堰」

鵜の瀬堰甲佐町上豊内に、加藤清正が1607年に築造を指示し、翌1608年に完成させた堰です。1メートル程に切りだした石を、全長660メートル、幅95メートルの範囲で、緑川を斜めに横断するように石畳状に敷き詰めています。

この堰については甲佐町に伝説が残っております。激しい水流に阻まれ、堰の設置は困難を極めたために、清正公は甲佐神社に連日祈願を行っていたようですが、あるとき静かな川に鵜が並んで泳いでいる夢を見て、それを神のお告げだと考えた清正は、夜明けに馬を飛ばしていってみると、夢の通りに飛来していた鵜がおり、その位置に堰を作らせたら、激しい水流にも負けない堰ができた、との伝説があります。