熊本市観光

多くの俳句を残した熊本時代

夏目漱石夏目漱石は本名を金之助といい、慶応三年(1867年)現在の東京都新宿区に生まれました。幼少期に里子に出されたり、養子に出されたりと度重なる境遇の変化が、彼の性格形成に大きく影響したと言われています。明治22年に漱石は生涯の友となる正岡子規や菅虎雄と知り合い、詩文集にはじめて”漱石”の号を用いました。


第五旧居に残る、愛犬のエピソード

夏目漱石第五旧居第五旧居での漱石と警官の、犬についての話は非常に面白くて笑える。漱石曰く「家の飼い犬は利口で人相がよい人に吠えるはずがない。噛みつかれるのは人相が悪いか、犬に敵意がある者で、犬だけを責められない」と。

妻鏡子さんの後日談によると「ある夜にいぬが激しく吠えていた、家に駆け込んだ漱石は顔が真っ青でズボンは破れていた。あまり利口な犬ではなかった」と述懐している。


水前寺成趣園と夏目漱石

水前寺公園漱石は生涯に2600もの句を詠んだといわれ、そのうち熊本時代に詠んだ句は1000句だとされています。水前寺成趣園で詠んだ「湧くからに流るからに春の水」は漱石の傑作作品と言われています。

彼は水前寺成趣園や、江津湖に足繁く通い多くの俳句を作りました。彼が植えたのか、最期の旧居には芭蕉が今も残り「おそるおそる芭蕉に乗って雨蛙」と詠んでいます。


公開されていなかった第三旧居

水前寺公園明治二十九年に第五高等学校(現在の熊本大学)の教師として来熊した夏目漱石。熊本には4年3ヶ月すごし、6回も転居をしたそうです。

現存している旧居のうち、現在一般公開されているのは第三旧居のみ。熊本地震までは第五旧居(内坪井旧居)のみが一般公開されていましたが、熊本地震で建物が被災したため(※平成32年度復旧予定)、代わりに第三旧居に展示物を移し、一般公開することにしたのだそうです。

第三旧居は震災までは一度も公開されてこなかったので、熊本の人でも見たことがないという人が多いのではないかと思います。


下江津湖と夏目漱石

下江津湖彼は明治29年漕艇部の部長に就任して、下江津湖で審判もしています。下江津湖にたびたび訪れては水泳も楽しんだそうです。

以外にも思えるが漱石はスポーツマンで器械体操、弓、水泳は得意であった。

江津湖で作った俳句を一部紹介してみましょう。「上江津や青き水菜に白き蝶」「ひたひたと藻草刈るなり春の川」「魚は皆上がらんとして春の川」